「おしらせ」欄に詳細は書きましたが、伊藤雅子先生が亡くなられました。

感謝を込めて、以下、メンバーそれぞれの思いです。 雅子先生に届けます。

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訃報に接した時、悲しい気持ちとともに「私達にニンカン・ネットという場を提供して下さって、感謝します」と思いました。
雅子先生がいつもおっしゃってた「社会の一隅を照らす」という使命が果たせているか、どうか見守って下さい。
よく本の話をして、ご自分の読まれた本を送ってくださいました。
私は自分の好きな勉強を続けていきます。
雅子先生、本当に今、会いたいです。ありがとうございました。(6期 K)

雅子先生の優しい笑顔が忘れられません。
一人の女性として、その凛としたお姿に憧れていました。
歳を重ね、少しでも雅子先生に近づくことができたらと、今は思っています。
本当にお世話になりありがとうございました。(9期 Y)

「ニンカン」を残したいとう雅子先生の熱い思いから、1期から27期の卒業生の繋がりができたことに感謝しております。
心理合研に時々立ち寄ってくださり、お出ししたコーヒーをおいしそうに飲んでくださった笑顔が忘れられません。
ありがとうございました。(9期 M)

在学中、「自分史」の担当をしていただきました。鋭いツッコミに自分の未熟さを見抜かれた気がして、ただただ恥ずかしかった。なのでニンカン・ネットのスタッフに加わるようになってから先輩方と区別なく接してくださったことが、とてもとても嬉しかったです。「感受性を高めるにはね、たくさん感動をすることですよ。」と読書会の際におっしゃっていたことが忘れられません。数日後に壊されてしまう短大の校舎を手を繋いで歩いたことも。雅子先生のような聡明さと優しさを併せ持った女性になりたいです。(16期 S)

卒業生による、卒業生のためのニンカン・ネット。そして卒業生の交流の場を創り、関わった人、一人の成長の糧となることを心から願ってくださった雅子先生の思いに感謝します。
スタッフになって、学習する場が沢山ありました。
それから、雅子先生が子どもの頃、桑名に関わりがあったことを知りました。そのことは、私が桑名に住んでよかったと思える嬉しいことでした。素敵な笑顔を忘れません。(6期 O)

短大の何かの集まりに、まだ小さかった息子を連れて行った時、「あら、お子さん❓ようこそ。握手をしましょう。」と息子の手を握られました。その時の息子の神妙な顔と雅子先生の優しい笑顔が思い出されます。
いつも自然体で、すてきだった雅子先生。もう一度お会いしたかったです。
ご冥福をお祈りします。  (11期 S)

いつも優しい眼差しで私達を見守ってくださった雅子先生。学生時代も卒業後も、先生をお見かけすると思わずかけよってお話ししたくなりました。先生なら、どんな自分でも受け入れてくださるような気がしていたからだと思います。先生と出会えたこと、一生忘れません。どうもありがとうございました。(6期 A)

雅子先生が教えてくださったこと、今でも私の心の中にあります。
あきらめかけてた時に、雅子先生の「少しだけ頑張ってみよう。」って声が聞こえます。
もう年だからとためらっていると、「これからよ。」って声が聞こえます。
私がふうせんかずらの種を持っていた時に、「これ家にあるわよ。」って声をかけてくださいました。
先生、あの時の種のこどものこどものこども・・・が、今年の夏も私の家の庭でつるを伸ばしています。
凛とした先生、でも、おちゃめなところもある先生、いっぱいの思い出ありがとうございます。
実は、先生のおっしゃたことで、私は変なこと覚えているのです。
ドイツ人が靴をレンジに入れるって話です。先生、覚えているかな。(5期 S)

学生の時は、社会学の授業を受けました。
授業の内容はほとんど覚えていません。
覚えていることは、教室が学生で満杯だったこと。
授業中に騒がしくて先生に厳しく怒られたこと。
また、先生のご主人の留学先での出来事をほんとにびっくりしたと話されていたこと。
私の記憶では「靴を洗濯機の脱水にかけて乾かすなんてっ!!!」です。
私は子どもたちが小さい頃、靴を乾かす時にはこの方法でした。
雅子先生の教え??が生きているなぁと、感謝しています。
そして、ニンカン・ネットの立ち上げ、そして続けていくことにたくさんの力をいただきました。
一番のことは、私たちスタッフを育て、繋いでもらいました。
先生のおかげで、頼もしい仲間がたくさんいますよ。
先生の晩年にお会いできていなかったことが心残りです。
でも、またきっとお会いできますね。 (5期 S)
記憶を学生時代へ~21番教室での原論の授業?のふりかえり用紙を提出するテーブルに立っていらっしゃった雅子先生へ話しかけたわたしがいます。やりたい事がモヤモヤして全然見えなくて、どうしたらいいか分からないと言った内容を確か相談したかと思います。一語一句までは覚えていないのですが、「ご自分で考えて決めるのよ」というような言葉を頂いたかな。その時はズバッとした答えをもらえなくて(それこそ自分で考えろですよね)内心「えー、もっと具体的にアドバイスしてほしかったのに…それじゃ分からん」とまた悶々としました(笑)
学生時代は接点がそれ程無かったのですが、ご縁があって雅子先生の願いがこもったニンカン・ネットのスタッフをさせて頂いている事に感謝です。
先生のおかげで卒業後、定例会の出席の為に懐かしい南短坂も息を切らしながら上れ、南短定食もコロッケカレーも味わえました。講座等でベタニアの畳に座り友人との再会もできました。生涯学んで、人との繋がりをたいせつにしていきたいなと思います。(25期 S)
私は先生の社会学、不出来な学生でした!
今きっと笑ってらっしゃいますよね。
40才になる年にあった同期会。そのころの私は「専業主婦」で子育ても一息つき、少し気持ちが下を向いていました。
「40才か〜。私の人生はこんな感じでこれからも過ぎていくのかな」
そんな時の同期会で、伊藤雅子先生がみんなの前でこうおっゃったんです。
「40歳。いいわねえ。あなたたちこれからよ!」
「えーっ⁉︎40才はこれからなの⁉︎」
目の前に急に光が見えた気がしました。
「そうか。これから何でもできるんだ」
今思えばスゴく単純。でも本当に先生の一言に気持ちが救われました。
しばらくして同期の友達に誘われ、南短で雅子先生と、期の違う卒業生数人が集まったところで先生から「みなさんで好きなことしてみない?」というようなお話がありました。
これがニンカンネットの出発点。
笑顔が素敵で柔らかくて、でも芯はぶれない、「凛とした」の形容がピッタリ。私も少しでも近づきたいなあ。
「あなたたち、これからよ」
はい、そうですよね。
これからも私たちを見守っていてくださいね。
今までありがとうございました。 (5期 O)
学生の頃、確か雅子先生の授業をとっていなかったのですが、友人が先生の「家族」の授業をとっていたので、授業後にお会いする機会が何回かありました。その時の印象は『綺麗で、凛としていて、上品!』でした。
また、全員が集合する21教室での授業の時、雅子先生が内容の説明をする時に、テキパキ説明するのですが、ところどころ皆んなが笑えるような、ちょっと楽しい事を言う姿は『おちゃめ』でした。
雅子先生はとっても魅力的だと思います!もっとお話ししてみたかったです。もうお会い出来ないなんて残念ですが、それぞれの人にそれぞれの雅子先生が続いていくのでしょう。
心からご冥福をお祈りします。(24期 N)
ニンカンを卒業後、久しぶりに雅子先生とお会いしたのは、幼稚園に通いだした娘と
出かけたメリット先生の教会主催のハンドベルコンサートでした。
雅子先生に会えるとは全く思っていなかったので、とても懐かしく、そしてその不思議な出会いに
とても驚いたことを覚えています。
その後もクリスマスには必ずお会いする機会が与えられて、雅子先生=ハンドベルという素敵な
関わりが生まれました。
ニンカン・ネットを始めるにあたっては、先生からの物心共に大きな大きなお支えをいただいたことで、
期を超えた関わりが今も継続していることは、本当に素晴らしいことです。
雅子先生に教会の手作りマーマレードジャムを差し上げたことがあり、「あらっ、夫が好物なのよ!」と、
大層喜んで下さったことがあります。その時の表情がとても可愛らしくって、雅子先生との懐かしい思い出です。
もう一つは、新聞は毎日、隅々まで読むのよ、とおっしゃって、特に週末に掲載される新刊紹介コーナーは、
とても楽しみなの・・・・ということも、その時教えて下さいました。
そのことを知ってから、私も新刊コーナーを意識して読むようにしたりと、雅子先生と何気なく交わしたそのシーンを
今でも折に触れ、懐かしく思い出します。
雅子先生は、これまでもそしてこれからも、わたしにとっては永遠の憧れの先生です。
今頃は、天国でご主人とゆっくりお茶をしたり、読書を楽しんでおられるでしょうか・・・。
どうぞ天国で安らかにお過ごしください。先生の魂の平安をお祈りいたします。 (6期 M)

学生時代、厳しくも優しい先生でした。私は部活の顧問をしていただいていたので「頑張っている?」とよくお声がけしていただいたのを覚えています。ニンカン・ネットでお会いするチャンスが増え、ますます雅子先生が好きになりました。雅子先生は「頑張りすぎなくていいのよ。でもちょっとだけ無理をして。あなたたちはまだまだこれからよ」と仰っていました。この言葉はいつも私の心の中にあります。晩年、南山大学心理人間学科合同研究室にお散歩がてら何度も来ていただきました。いつもの笑顔に接し、とっても嬉しかったです。忘れません。

本当にありがとうございました。 でも・・もう一度お会いしたかった・・・(5期 H)