清水です。
今回は東北の今について。
今回の旅行では岩手と宮城に行ってきた。
花巻空港から盛岡へ移動し、一泊。
2日目は美術館のあと中尊寺へ行き、
そのあと仙台に入り一泊。
3日目は仙台城跡などを見て仙台空港から帰ってきた。
花巻から盛岡へ行く間は特に普通の景色だった。
夜、盛岡の繁華街へ行ったが、ここも普通。
震災の影響は特に見当たらなかった。

中尊寺では突然のにわかあられに降られたが、
ここもとりたてて気づくことはなかった。
『このあたりも当然揺れたんだよな』と思いつつ・・。
仙台に向かう途中、海側へ向かってみた。
さすが米どころ。
田植えが終わった涼しげな田んぼがはてしなく広がる。
ところがあるところを境に、
田植えがされず掘り起こされ茶色い土の田んぼがでてきた。
そこからさらに海側に向かうと、
まったく手つかずの草ぼうぼうの田んぼが続いていた。
多分海水が流れ込みお米ができなくなってしまったのだろう。
さらに行くとところどころに家が。
屋根の上の看板には「天ぷら」や「寿司」とある。
でもよく見ると1階の窓やドアはすべて板で打ちつけてある。
「売ビル」と看板のついた建物は娯楽施設だったようだが、
外にソファーや何かが山積みにされていて、
買い手はなさそうな様相を呈していた。
その先は造成地のように何もないところに土砂の山がいくつもあって重機が置いてあった。
一般の人は立ち入れないように塞がれていた。
ふと横を見ると、かげの車の中から監視している人と目があったので引き返した。
仙台の港に行くと復興市場ができていた。
集合住宅のようなプレハブの建物でお店をやっている。
残念ながら営業時間が終わっていて、お店の中をみることはできなかった。
一部屋、当時の写真の展示をしていた。
すぐ横の堤防を乗り越えて船が乗り上げていたり、
このあたりはかなりの被害を受けたことがわかった。

仙台城跡の周りは震災の影響で道が迂回していた。
石垣が崩れまだ復旧作業中だった。
同じ場所にある仙台市博物館は伊達氏の歴史がよくわかる、
歴史好きにはたまらないであろう博物館で、
中はとてもモダンできれいだった。
ガイドボランティアさんが話しかけてくれたので、
少し震災のことを聞いてみた。
このあたりは昔から幾度となく地震や津波に襲われていて、
その度に石垣が壊れては作り直しているのだそうだ。
この博物館も展示物は耐震ガラスに覆われていたがガラスが割れてしまい、
半年間閉館していたのだそうだ。
世界記憶遺産に登録された「慶長遣欧使節関係資料」は、
この博物館に展示されている。
見てきたばかりだったのでちょっとびっくり!
震災に遭ったのに無事でよかった。
登録が決まって博物館を訪れる人がさっそく増えているらしい。
地元の人に明るいニュースが届いたことがうれしい。
仙台空港の近くでレンタカーを返すことになっていたので、
ガソリンを補充しようとスタンドを探したがなかなか見つからない。
そのうちレンタカー屋さんに着いてしまった。
「ガソリンスタンドはどこにありますか?」と尋ねたら、
「この辺りは震災でガソリンスタンドが無くなってしまいました。
一番近いスタンドまで6キロあります。」と言われた。
あまり建物がないあの辺りは、前は街だったのかもしれない。
あの田んぼの持ち主さんや、お店の人をはじめ、
それまでの生活ができなくなった人はたくさんいるんだと思う。
早く東北の人たちが普通に暮らせる日が来ますように。
微々たるものだけれど、今回の旅行が東北のためになればいいなぁ。
あらためて、私に何ができるのか考えてみようと思った。